地盤沈下のその先

観たもの、読んだもの、聴いたものについての感想文を書きます。

悪魔の夢を叶えて、転び、本物の夢を見た話

話は今年の2月14日の、日付が変わったばかりの真夜中にまで遡る。

 

0時にアルバイトとしての勤務時間を終え、いつものように帰宅した。帰りがけにエナジードリンクを購入して、そのまま「メギド72」というスマートフォンゲームにて開催されていたイベント「夢見の少女が願う夢」を一夜かけて完走。

 



 

このイベントのシナリオは、一口に言えば、かの黒沢ともよさんが声をあてたリリムというキャラクターが、一つの成長を遂げるという大筋である。リリムは他人の夢に入り込み、それらの夢の世界を自在に操って幸せな夢を見せることのできる能力を持つ。しかし彼女はある問題にぶつかり、「夢を操ることはできても現実を変えることはできない」という元々持っていたコンプレックスと向き合うことになるのが、今回の彼女の一大イベントである。

 

そこでリリムは夢を変えることで、回り回って間接的に現実を善い方向へと変えることに成功する。また後にヴィータ(作中における一般的な人間のこと)の持つ「夢」には二種類あることを知る。「目を閉じて見る夢」と、「目を開けて見る夢」である。

 

「夢」、という言葉は本来的にダブルミーニングであり、想像に任せた突飛なことをそう呼ぶこともあれば、「願うこと」そのものを夢と言ったりもする。

 

わたしが成し遂げたことは、「夢」を見て、「夢」に向かうことであった。夢を見せる側であったはずのリリムは、気づけば自分で自分の夢を見て、自分で叶えることができるにまで成長したのだ。

 

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「は〜〜〜〜最高だ。。。。」

 

こうした「夢」と「現実」の話は私が『パーフェクトブルー』『千年女優』などの今 敏監督作品をたくさん観て考え続けてきたことでもあり、今回のシナリオはより一層その考えについて更新するものを与えてくれた、とてもいい体験であったと言い切ることができるだろう。そう満足してかなり遅めの就寝。明けて昼まで眠りこけ、起きてはブランチを腹に放り込んで湯船に浸かり、疲れを吹き飛ばす。

 

そして最高のコンディションで、次の予定へと向かう。

 

劇団おぼんろ第17回本公演『ビョードロ 〜月色の森で抱きよせて〜』。

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劇団の名前は恥ずかしながら存じ上げていなく、しかし先ほど名前を挙げた黒沢ともよさんが出演する舞台演劇だと聞きつけ、少し芝居をかじっている一端の人間として、板の上で演技をするともよさんを一度生で見ておきたいと思い、観劇へと赴くに至った。黒沢ともよさんの演技の妙はアニメ『響け!ユーフォニアム』や『宝石の国』などでよくよく感じており、自分の普段の芝居におけるひとつの目標のようなものでもあったかもしれない。

 

家の扉を開けると、夕暮れも綺麗な17時。ここから1時間弱かけて新宿へ。「これは充実した一日になるぞ……!」そうした確信を胸に、小躍りなんてしながら最寄り駅へと足を運んでいた。

 

 

「あ!!!!!!!」

 

 

転んだ。トテッとこけた程度ならまだいい。ドサッ、ズドン。である。当時は焦りすぎていてよく覚えていないが、何か石を踏んでしまったのだと思う。右足の膝が大きくすりむけ、目玉焼きほどはあろうかというくらいの擦り傷が。穿いていたパンツも膝の部分が盛大に破け、なんだかダメージジーンズのような様相。何より出血量がギョッとするほどで、痛みよりも驚きと焦りが先行していた。

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」

 

このままでは芝居を観に行くどころではない。強迫めいた感情のまま、幸いにも近くにあったドラッグストアで応急手当の動画を一通り購入して、人目も憚らず道端で血を拭いて消毒等々を済ませる。そのまま電車に乗り込み、なんとか劇場に辿り着けそうだ、と胸を撫で下ろした。

 

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精神が落ち着いた頃、傷の痛みがようやくやってきた。いや痛!いった!これが身体か!と半分心地いいような変な感覚に浸りつつ、まあまあ人の入った列車に揺られながら、新宿に運ばれた。

 

身体は現実に欠かせぬものである。身体があるからこそ、われわれは現実を現実だと思い込むことができるのだろう、という思想を、先ほどのイベントシナリオや、日頃のフィクション体験や演劇創作においても自分の中で形成している。

 

そしてやってきた新宿FACE。ハコに入ってみれば、

 

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あっ!となる。写真では分かりづらいが、本来舞台として使われる奥のスペースに加えて、観客のスペースとして想定されたであろうスペースにも舞台が盛大にせり出してきている。この四面舞台を取り囲むように座敷の客席が敷き詰められており、これらすべてを包括した大きな劇場空間のあちこちに、舞台美術としての様々なオブジェクトが散りばめられている。それらは何かのシチュエーションを表現するようでいて、その実何も説明はしないという塩梅がすでに心地いい。加えてこの四面舞台からは6本の花道が外方に伸びており、この客席をさらに取り囲むスペースにまで繋がっている。つまり、われわれが入場の際に歩いた道を役者も闊歩し、走り抜け、芝居をするというリアルが容易に成立するのだ。

 

せっかくなので役者の演技を間近で見たいと思い、その座敷になった座席を選んだ。すると演者は既にメイクを終えた状態で劇場内をフランクにうろついていて、少し身が引き締まる。こうしたシチュエーションは初めてではなかったのだが、観劇側として役者の方から積極的にアプローチをかけられるということは、かなりこそばゆかった。良い意味で。

 

そうして着席後目を泳がせていると、かの黒沢ともよさんが。他の役者のようにゆらゆらと舞台上を歩いてはあちこちにいる観客を眺めたり、他の役者と話をしたり。「うわ〜マジで近い」とか思っていたら、ともよさんがこちら側にやってくる。

 

ともよさん「お友達?」

 

別のお客さんA「いえ、一人ですよ」

 

別のお客さんB「私も一人です」

 

その流れで、私の方にも視線が投げられた。え、黒沢ともよが俺を見ている?マジで?

 

 

おれ「あっ……ひ、一人で来ました……」

 

 

キョドりすぎでしょオタク!!もっと何かあるだろオタク!!そんな自分を恥じながら、これからこういったことを体験するのだなという思いを一層強め、腰を正した。

 

そうだ、当公演、『ビョードロ』はそうしたコンセプトのもと上演された。観客は役者とともに夢想し、参加し、没入することで空間そのものが物語を語る巨大な装置に変貌する。そうした意味の上では役者と観劇側の区別はなく、別々の役割を常に担うことで物語を一緒になって作り上げていく。そうした行為によって、演劇というものが結果的に人と人との強い結びつきを作るものであると。そのため役者は、物理的にも観客を外側から包み込むように芝居を展開し、われわれをも不可避の表現者として擁立させるエンパワメントを備えていた。

 

それらはまるで、一同で同じ夢を見ているかのようである。フィクションとは、広義の夢であろう。まさにその夢と現実が重なってしまう瞬間というものが、舞台芸術には存在する。そこにこそ、役者が肉体を持ってきて実際に演じてみせる、ということの意味があるのだと思う。

 

その物語の詳細はここには記せないのだが、たしかにそこにはわれわれが作る余地のある、小気味よい空白がある。見た「夢」を想い、また「夢」へと駆け出す。そうした行為の連続である人の一生の中に、この劇団のスタイルはこうも自然に入り込んでくれるのである。

 

 

また自分の手で物語の一端を組み立てることの喜びを感じつつ、上演後の少し寂しい板の上をしばらく眺めてから退場。出口には役者陣とパフォーマンス陣が待っていた。一人ひとり握手を交わしてお礼の言葉を差し上げたが、どうしてもそれ以上の言葉が出てこない。きっと言葉にすれば壊れてしまうのだろう、と余韻に浸っていた。

 

 

おれ「お疲れ様でした、ありがとうございます」

 

ともよさん「気をつけてね〜」

 

ドキッ!!!!!!!!

 

 

つい数時間前にすっ転んでケガをした手前、刺さる言葉であった。いや本当に気をつけます、泣きそう。そうしているとまた傷が少し痛んできた。帰ったらちゃんと治療をしましょうね……

 

総括

黒沢ともよさんの演技を通して、フィクションのことを深く考えることのできた濃い一日であった。生意気にも、ともよさんから最高のバレンタインの贈り物を貰った気分。その一環で軽いケガをしてしまったことも実は大きな意味を持っていて、夢にも現実にも境はないのだということを、このケガ=肉体を夢にも現実にも持ち越すことができた、という事実をもって確信することができたのだ。忘れられない一日になった。

 

これからも夢と現実について、フィクションの力について、フィクションを愛することについて考えることを止めることはないだろう。その中で、この一日の経験は絶対に活きてくるものだと断言できる。そしてまたこのしがない一日を綴った記事でさえも、夢に変えられた現実という、ひとつの物語であるのかもしれない。

 

 

 

※一部画像は「メギド72」ゲーム内画面、及びおぼんろ公式ツイッター おぼろん(@obonro)様より。

 

「メギド72」は、iPhoneAndroidにて配信中。

メギド72公式ポータルサイト

https://megido72-portal.com

 

劇団おぼんろ第17回本公演『ビョードロ ~月色の森で抱きよせて~』は、2月14日~17日まで、新宿FACEにて上演中。

劇団おぼんろ公式サイト

https://www.obonro-web.com